2012.02.21 Tuesday
「親の恩を慮る」--- 松本良光師
サラリーマン時代こんな体験をしました。仕事内容は債権回収。俗に言う「借金の取り立て」です。私が担当したのは延滞が半年以上の方々でした。お宅を訪問しましても大半の方はいません。行方不明の方もあります。電気・水道・ガス・電話が止まっていることも稀ではありません。家を訪ねると小さな女の子だけが出てきて「お母さんはいません」との応対もありました。しかし、それは母親が居留守を使うため。中には大変危険な金融業者から追いかけられている方もいましたし、工場が倒産寸前で明日の生活すらままならない方もありました。怒鳴られたり、脅迫されたりすることも度々あり、当時は「大変」の一言でしたが、今ではいい体験をさせていただいたと思っています。
これらの体験を通じて改めて感じたことは「如何に今までの自分が恵まれていたのか」ということと「そういう環境で育ててくれた親に対する感謝と尊敬」です。うちの家族は両親と子供4人の6人家族。決して裕福な暮らしではありませんでした。しかし、それでも3食のご飯はありましたし、着る服もありました。電気・ガス・水道・電話も止まったことがありません。風邪をひけば病院にも連れて行ってもらえました。そして、何よりも家族が仲良く、明るく、楽しくあれたことが何よりも有難かった。そういう環境を作り、私たちを育ててくれた。きっと、その苦労は体力的、精神的、経済的に大きかったはず。社会に出るまでは「親がするのは当たり前」と思っていましたが、仕事での経験を通じて「当たり前」ほど難しく、価値あるものだと気づくことができました。すると、両親に対する感謝と尊敬の思い、そして「親孝行をせねば!」との思いが自然とわいてきたのです。
一般に「子を持って知る親の恩」と言われ、子供を持ち、親としての生活を始めれば、否が応でも親の苦労を実体験し「親は大変だったんだな〜」ということを思い知ります。これもまた親の恩を知る一つのキッカケです。しかし、誰もが子を持つとは限りませんし、子を持つとしてもその年齢はまちまちです。そう思えば、子を持たない間から恩を知り、恩に報いていく。これこそ人として歩むべき道であると言えます。もちろん、そういった生き方を教えて下さるのが仏様の教え。では、私達は一体どのようにすれば親の恩に報いることができるのでしょうか。日蓮聖人は親孝行について次の様にお示し下されています。
初級:両親に贈り物をする(親が喜ぶような物、お手伝い、思い出作り等を贈る)
中級:両親の意にたがわないようにする(親を泣かせる様なことはしない)
上級:両親に功徳を回向する(ご信心によって積ませていただいた功徳を親に手向ける)
最高の親孝行とは私達がご信心によって積ませていただいた功徳を手向けること。親が健在の間は平穏無事を祈り、亡くなった後は菩提を祈る。そうやって親孝行をさせていただけば、親にとっても、私達にとっても幸せの種まきとなります。親はいつまで経っても私達の親であり、私達はいつまで経っても親の子。これは永遠に変わることのない間柄。何歳であろうと親に対する感謝と恩返しの思いを持ち、親孝行な子であることが大切です。
御妙判
「父の恩の高き事、須弥山(しゅみせん)猶ひきし。母の恩の深き事、大海(たいかい)還て浅し。相構へて父母の恩を報ずべし」
「父の恩はどんな山よりも高く、母の恩はどんな海よりも深い。それだけの恩に報いることができるように、いつも親孝行を心がけることが大切。これこそ人として歩む道である。」
ご信心で最高の恩返し。こんな大切なことまで私達は教わった訳ですから、自分の家族を始めとして、恩ある大切な人たちにも御題目のご信心を伝えていきましょう。もちろん、これもまた大切な恩返し。人生の最後の最後まで人の恩を慮れる誠の人でありましょう!
御教歌
孝行の子は子をもたぬ程よりも おやの恩しる人の人なり
「自分が子供を持たない間からでも親の恩を知り、その恩返しをしていくことができる。そういう親の恩を慮れる子こそが本当に親孝行な子であり、そういう人間性を備えてこそ誠の人間である。」とお示しの御教歌です。
